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2023年 11月 3日 教育学部に通う私の志

こんにちは~

青山学院大学教育人間科学部教育学科に通っている一年担任助手の宮長蓮です!

前回の私のHPから4日しか経っていませんが、またまた宮長です(^▽^)/

最近は熱いのか寒いのかわかりませんね~

心配性の私は、「夜寒くなるかもしれない…」と思い、朝、家を出る際はいつもマフラーをしています。

校舎でもマフラーをしている私を見かけるかもしれません笑

よく他の担任助手から「だいぶ厚着だね~笑」と言われます(´∀`)笑

まあ、寒さ対策はしてなんぼなので!これからも私は厚着です。

みなさんも試験本番の頃には、冬本番を迎えているでしょうから、温度調節、ほんとーーーーにしっかりしましょうね!

ここで私が”寒さ対策”と書かずに調と書いたのには理由があります。

それは、本番の試験会場が寒いとは限らないんですよね。

本番は、もちろん寒い可能性もあります。

しかし、ヒーターの目の前だったり、エアコンが過剰に効きすぎていたり、暑いという可能性もあるんです。

どのような状況だったとしても最高のパフォーマンスができるように準備しておきましょう!

と、前置きはこの辺にして…

今日の本題は・・・

教員を目指す私の志

を紹介します!!

教員になるという志

まず、教員になりたいと思ったきっかけは、幼少期です。

私は、弟が一人います。また従兄弟も5人います。しかし、従兄弟は全員私よりも年下です。

そうすると、必然的に私が全員の面倒を見ることになるんですね~

でも、私は面倒くさいと思ったことは一度もなく、弟の世話も従兄弟の面倒を見ることも、いつも自分から進んで楽しくやっていました。

幼稚園生の頃は、将来の夢がお寿司屋さんやお花屋さん、ケーキ屋さんなど、右往左往しましたが、小学生の頃、自分は先生が向いているのではないか?と感じてきました。

そのまま、中学生の頃も、高校生の頃も、「自分はやっぱり将来教員になるのかな~」と漠然と思っていました。

でも高校生の頃になってくると、「でも教師ってブラックだし…やっぱり教育学部を目指すのは危険なのでは…?」とも思うようになってきました。

そこで、私の人生の分岐点として「東進ハイスクール藤沢校」が登場してきます。

教育学部を目指していた私は、横浜国立大学教育学部自然・生活コースへ通っていた藤沢校の担任助手(ここでは一応名前は伏せますが…!)の方とコーチングタイムでお話しする機会がありました。

その際、具体的にどのような話をしたかは忘れてしまったのですが

「この人はしっかり自分の志をもって教員になろうとしているんだな…!私もこんな風に考えられる人なりたい!」

と思ったのは覚えています。

私のように、「ブラックな環境だから大変そうだしやっぱり教員になるの辞めようかな…」などと本質から外れたことは考えていなかったんですよね。

教員の本質は、こんなことではありません。なんなら働くってことの本質がそもそもこんなことではないんです。

仕事は今まで生きてきた時間の何倍もの時間をこれからの人生の中で費やしていくことになります。

それならば、仕事自分の人生をより充実させてくれるものにしなければなりません

楽して稼ぎたいなどという基準で、自分を無視して就いた仕事はきっと自分の人生を充実させてくれるものにはなってくれないと思います。

(もちろん正当な給与も貰わずにやりがいだけで働くということを正当化しているわけではありませんよ…!それは、逃げ恥でも出てきたように”やりがい搾取”です。)

話が飛びましたが、高校生だった私は、この藤沢校の担任助手の影響で、やっぱり自分が好きなことは「子どもの笑顔を見ることだな」と感じたため、教育学部を目指すことにしました。

長くなりましたが、これが私の「教員になりたい」と思ったきっかけです。

教員は勉強を教えるだけじゃない

教員は、勉強ができれば、ある程度成り立つ仕事だと思っていませんか?

私は教育学部に進む前まではそう思っていました。

勉強を教えて、休み時間は子ども遊ぶ・・・そんな教員生活を想像していました。

なかなかなめた考えですね…笑

もちろん教員という仕事はそんな甘い考えでは到底成り立ちません。(教育学部の授業を受けるようになってこのことをひしひしと感じています。)

まず、教員は子どもに「感覚」を教えなければなりません。

小学校低学年は、特にその傾向が強いです。

感覚を教えるとは・・・?

では、一旦次の画像を見てください。

この人たちの列の先頭を1月、最後尾を12月と考え、”3月”と”10月”の位置を、頭の中で考えてみてください。位置は大体で大丈夫です。

 

 

~シンキングタイム~

 

 

・・・

 

 

・・・

 

 

・・・

 

 

・・・

 

 

 

・・・

 

 

このような位置になったでしょうか?

この思考の過程で重要なことは、2点あります。

1つ目は、「横書きの時の先頭は、左から」ということです。

おそらくみなさんは、この画像の中の横列の先頭と言ったら、左端が思い浮かんだのではないでしょうか。

2つ目は、「3月は前から大体4分の1くらい進んだところ。10月は後ろから4分の1くらい戻ったところに位置する。」というこの感覚です。

この2つの感覚は、私たちにとって「当たり前」のことです。

でも、小学校低学年の子どもは、これがわかりません。

もっと例を出すと、2つの鉛筆の長さを比べようとなったときに、「2つの鉛筆の底を合わせて長さを比べる」ということも、子どもたちにとっては新鮮なことです。

このような子どもの視点に合わせて、勉強を教えようとすると、教員はまず子どもたちに感覚を教えなければいけません。

これが、「感覚を教える」の正体です。

私の理想の教員像とこれからの展望

私の理想の教員像は、「誰一人置いてきぼりにしない教育をし、その子を最大限輝かせることができる教員」です。

先ほども言った通り、子どもは私たちが想像する以上に、当たり前の感覚が足りていません。

その状態で、教員が、何も考えずに、算数の知識や長い国語の教材を、子どもに学習させたら、どうなるでしょうか。

もちろん、ついていける子もいると思いますが、ついていけない子も出てきます。

一度ついていけなくなってしまうと、その先でも理解が追いつきづらく、更に置いてきぼりになる可能性が高くなります。

このような子どもが社会に出る立場になったとき、どうなるでしょうか。

その子は社会で活躍できるでしょうか。

その子の人生は充実したものになるでしょうか。

答えはわかりませんが、明らかにプラスの状況ではありませんよね。

誰一人置いてきぼりにしない教育をするためには、子どもの発達段階も含め、もっと知識が必要です。

私は、世の中をさらによりよいものにしていきたいと思っていますし、全員の子どもたちが健康で元気に楽しく暮らしてほしいと思っています。

そんな社会を作っていく一員になるために必要なことを、これからももっと大学で学んでいきたいと思っています。

 

長々と私の志含め、教員について熱く語りすぎてしまいましたが、教員の仕事はまだまだ奥が深いです。

ちなみに、今回の「感覚」の話など、教員についての話は、ぜーーーーんぶ、私が通う大学の授業で学習したことです(⌒∇⌒)

大学の授業を受けて、自分の知見が拡大し、明らかに視野が広がっていることを実感しています。

みなさんも、大学で自分の視野が広がっていくことを楽しみにしていてください!

きっと充実したものになりますよ!!!

1年担任助手 宮長 蓮